今日本の競馬界はアーモンドアイが引っ張っているといっても過言ではありません。もちろん牡馬もダノンプレミアムのような怪物もいるのですが、昔に比べて牝馬が目立ちやすくなっています。

例えば今から20年以上前は牝馬が牡馬混合GIを勝利するだけで騒がれていました。1993年に阪神3歳牝馬Sを勝利し、3歳時には6連勝しエリザベス女王杯を勝ち、その次走でもある有馬記念ではナリタブライアンの2着に入ったヒシアマゾンは、当時の常識的には考えられない成果を挙げています。エリザベス女王杯以降はGIを勝利することはできませんでしたが、オールカマーや京都大賞典を制し、ジャパンCでは2着に入っています。

そんなヒシアマゾンは引退後アメリカに移り繁殖牝馬として生活をしていました。アメリカで生まれた産駒は日本に輸入されてターフを駆け回りましたが、期待されていたほどの活躍は挙げることはできませんでした。一般的なサラブレッドとは違う馬生を過ごしたヒシアマゾンは、4月15日にアメリカのポロ・グリーン・ステーブルで亡くなりました。

ヒシアマゾンにも負けない活躍ぶりを現役時代に示したのはウオッカです。ウオッカは現役時代に牝馬ながら日本ダービーを制し、それ以外にも阪神ジュベナイルフィリーズや安田記念×2、天皇賞秋、ヴィクトリアマイル、ジャパンCを勝った歴史的な名牝です。ライバルのダイワスカーレットとの争いは今でも多くの競馬ファンの心の中に残っているでしょう。特に東京競馬場で強い成績を収めたウオッカは、引退後にアイルランドに移動して繁殖牝馬として暮らしていました。この点は上記のヒシアマゾンと非常に酷似しており、オーナーの強い想いゆえの結果です。

21世紀最強馬といわれるフランケルなどの産駒の送り出し、日本で子供たちは走っています。当初は期待に反して活躍していないと思われていましたが、タニノバンシーやタニノフランケルの登場もあり、ファンの見る目も変わってきました。ただ現時点で重賞勝利はないので、今後の活躍が期待されています。

そんなウオッカは蹄葉炎になってしまい、4月1日に亡くなりました。

ヒシアマゾンもウオッカも日本競馬に多大な影響を与えた名馬です。牝馬が活躍するのが当たり前になった今の時代ではなかなか気づくことができないことを気づかせてくれた名牝です。馬によって多種多様な馬生がありますが、ヒシアマゾンとウオッカが果たした役割はかなり大きいのではないかと、競馬セブンは考えています。